| フランス人にとって甘いものは特別である。みなさんもよくご存じのようにフランス料理の締めくくりは決まってデザートである。フランス料理店などでは、シェフが出てきて必ずと言っていいほどデザートの講釈を垂れる。
フランスの家族によく食事に招待されるが、家庭で食べるフランス料理はシンプルなものが多い。が、デザートは凝っている。
彼らが作る料理が、とてもシンプルである理由は、作っている人(夫婦共同で分担して作っていることが多いが)も話の輪に参加するためである。
日本料理のように手間のかかる、しかも品数の多い食事を用意するとなると、ホスト側の主婦は、招待した人たちと話ができない。フランスではこのようなことはあり得ない。
材料を放り込んで香辛料などで味付けした後は、オーブンで煮る・焼くといった手の掛からないメニューが多い。セットしてスイッチを入れて時々加減を見ながら所定の時間が経てば出来上がりというパターンである。
盛りつけも、大皿にどさっとまとめて出してきて食卓を回す。食卓を囲んだ人が必要な分だけ自分で取り皿に取り分ける。
あるときなど驚いたことに、メインディッシュに羊肉のローストがでてきたが、付け合わせにするポテトが、丸のまま皮付きで茹であがったものが大きなざるに入って出てきたことがあった。
どうするか見ていると、個々に必要な個数を取り自分のナイフで皮を向きながら食べ始めた。皆、意外な顔一つせずいつも通り会話が弾んだのはいうまでもない。
彼らが大事にしていることは、食事を楽しむことにある。食事はサイドメニューであり、主役は会話なのである。
至ってシンプルなメインディッシュの後は、いよいよお待たせのデザートである。ダイエット中で食事の量を気にして少な目に食事をしている若い女性でも、デザートは減らさずしっかり食べる。
招いた側もデザートには妥協しない。これでもかと質・量とも圧倒的だ。ある時などティラミスが出てきた。なんと、大きなボールに入ってである。
例によって、大きなボールを、食卓を囲んだ人たちに回す。皆、自分の皿に取る量が半端ではない。甘いものが入る胃袋は別であったのだ。
ボールに入ったティラミスは、これらの人がいくらお代わりしても足りるだけの量が用意されている。味もすばらしい。見てくれとは全然異なるがデザートに命を懸けていると行った主催者の意気込み(心遣い)が感じられる。
私は元来下戸だが甘党ではない。お菓子などもどちらかといえば塩味のものを好んで食べていた。
ところが、たった2年間のフランス生活で、それは一変した。日本に帰ってきても、食事の後に何か甘いものがないと食事をした気がしない。
フランス滞在から10年以上も経っているが、未だにその習慣が抜けきれない。フランス人のデザートはアメリカ人のそれとは異なって、品の良い甘さなのである。
アメリカ人の作るスイーツは、コテコテの甘さなのである。中年のアメリカ人に肥満気味の人が多いのはこのせいだろうか。フランス人は、アメリカ人ほど太っている人はいない。どちらかというと筋骨隆々と行った人が多い。
締めくくりは、エスプレッソであるが、あの小さなカップに角砂糖を2〜3個入れる人が多い。おまけにソーサーには、チョコレートなどが乗っている。好きな人は、角砂糖だけを食べている人もいる。
ではフランス人は砂糖の摂取量が日本人に比べて多いかというと、そうでもないようだ。日本料理には、メインにみりん等砂糖を含んだ調味料や砂糖そのものをよく使う。フランス料理のそれにはいっさい砂糖を使わない。
塩と香辛料だけというものが多い。だから、デザートをこよなく愛するフランス人は、砂糖の取り過ぎにはならないようなのだ。
映画「アメリ」の中でTABACのシーンがあるが、エスプレッソに入れた角砂糖の破片がテーブルに落ちているが、この落ちている砂糖の粉を指にひっつけて舐めるところがある。本当に甘いものが好きな様子がさりげなく表現されていてフランス映画らしい。
何はともあれ、甘党に変身させられた私は、未だに食事の後に甘いものを食べないと物足りない。その習性が染みついてしまったことは微増する体重が明確に証明している。
by エダ
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