JAL機内誌SkyWordの12月号に連載されている養老猛のエッセイの中に、日本人が他の国民に比べ自然に敏感な理由を面白い観点から分析していた。
日本人は、雪の平原の中にポツポツと新芽を見つけては生命力の神秘さに感動し、春に咲く道ばたの小さな花に春の訪れを喜び、青々とした雑草の生命力に初夏を感じ、モクモクと拡がる入道雲に夏を感じ、紅葉に秋を感じる。
私のような雑な人間でも自然の変化に気付く位なので、確かに日本人は自然に敏感なのだろうと思う。また、身の回りにいるフランス人に目を向けてみると、この機微な感覚は全く無いように思える。とはいえ、フランス人を弁護するわけではないが、フランス人は自然をこよなく愛する国民である。例えば、散歩がとても好きである。家族とともに何も無い田舎に毎週末足を運ぶ。自然を愛する彼らの純粋な姿勢が散歩へと導く。小さい頃から散歩に付き合わされた結果、フランス人に染みついた国民性となったのであろう。しかし、こんなに自然を愛する一方、自然の変化に敏感かというと、どちらかといえば鈍感の部類にはいるのではないだろうか。
仕事で日本に数年生活している彼らは、自然に敏感な日本人と付き合うことによって日本の文化に触れ、それなりに理解しているように思える。例えば、京都が好きで何度も訪れているフランス人は、季節の違いによって景観の趣がずいぶん異なることに気付き、そのことを興奮気味に話してくれる。
養老猛は、まず、日本には四季があり気候の移り変わりが明確であることを上げている。日本の春夏秋冬は、北と南の差こそあれ、季節によって特徴がはっきりしている。
次に、自然災害が多いことを上げている。何となく自然災害が多いことは知っていても、実際の数字で認識している人は少ないだろう。地震大国の日本は、日本以外の国の平均に対して2割程度地震災害が多い。また、地震の原因の一つである火山も多いことから噴火による災害も1割程度多いらしい。結果として、自然災害のリスクは、他国の平均より数10パーセントも高い。したがって、自然を意識せずにはいられないという分析なのである。
一緒に仕事をしているフランス人は、最初に日本で地震を体感したときに、いったい何が起こったのか想像が出来なかったという。フランスでは地震は滅多にない。したがって、建築物の耐震設計も日本より遙かに簡易である。(日本で生活するフランス人にとって)頻繁に起こる地震は、自然に関心を持たせることとなり、最近では自然の移り変わりを挨拶代わりにするようにさえなった。「郷に入っては郷に従え」ということか。
一般に、自然の変化には無関心なフランス人であるが、ファッションなどの人の容姿の変化には、冬でもカフェの外のテーブルに好んで座って人の品評をするほど敏感である。
by エダ
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